礼儀正しくも愛情深い感覚

吃音者の多くは、人一倍強い感受性を持った人間です。

それがために、「相手の存在を受け止めたい」、「相手の間や雰囲気を察知したい」という礼儀正しくも愛情深い感覚が溢れてしまっているのです。その状態こそが、我々が『吃音』と呼び悪者扱いしていたものの正体だったのです。

吃音をMRM法で改善する

吃音に対するマインドフレームを外して考えてみると、いかに我々が誤った現実をみていたのかがわかるのではないでしょうか。

英国の貴族が、どうして「吃音」であることをジェントルマンシップと尊んだか、よくわかります。

それはきっと相手の存在を人一倍受け止めることができる感覚こそが、高貴な者としての相応しい嗜みであるとされたからでしょう。

もう一つ、別の違う視点からみてみましょう。

あなたは『発話』と『発声』の違いがわかりますか?

ニュアンス的にはとても似ているのですが、簡単に言うと、発話とは表現しようとするものを言語として表出・出現させるための行動です。一方で『発声』というのは、書いて字の如く“声を出すこと”です。